2009年06月18日

脳幹の網様体賦活系

前頭前皮質は脳幹の網様体賦活系 (RAS : Reticular Activating System) と、大脳辺縁系の両方との間に強い相互接続が存在する。その結果、前頭前皮質の中枢は高レベルの覚醒 (alertness) に強く依存する他、喜び、痛み、怒り、激情、パニック、闘争応答 (闘争-逃走-硬直応答 (fight-flight-freeze responses)) や基本的な性的応答を司る脳の深部構造との情動に関する経路にも強く依存している。

前頭前皮質の研究 [編集]
前頭前皮質の機能に関する影響力の大きい臨床例としてフィネアス・ゲージのものがある。彼の人格は1848年の事故により、片側、もしくは両側の前頭葉が破壊されたことによって一変してしまった。ゲージは正常な記憶、言語、運動能力を保っているが、彼の人格は大きく変化してしまったと一般的に報告されている[2]。彼は以前には見られなかったような怒りっぽく、気分屋で、短気な性格になり、彼の友人はすっかり変わってしまった彼を"もはやゲージではない。"と述べた。彼は以前には優秀な労働者であったが、事故の後には始めた複数の作業を遂行することが不可能になってしまった。しかし、一次資料の綿密な調査によって、ゲージの心理的な変化に関する描写は多くの場合誇張されたものであることが分かっている。彼の死の数年後に記述されている彼の人格の変化の最も顕著な特徴は、彼の生前に報告されたものよりも格段にドラマティックなものになっている[3]。

後に続く前頭前皮質の損傷患者の研究によって、ある状況における最も適切な社会的応答を患者は言語化できることが示されている。しかし、実際に行動する際には、その行動が長期的には自己に不利益になると分かっているにもかかわらず、短期的な満足感へと志向した行動を取ってしまう。
スノーボード
ベジタリアニズム
キャラクター
絵画
甲殻類
潮干狩り
相撲
就学前教育
月経
緩歩動物
エイズ、HIV感染
信越地方
切り絵
鳥類
新婚旅行
盆栽
夜景
御節料理
カーナビゲーション
里山

このデータの解釈から示唆されることとして、最終的な成果を比較、理解する能力だけではなく、前頭前皮質には、より報酬を得ることのできる長期的に満足のいく結果を得るために短期的な満足感を先送りにするという選択肢を制御する能力を持っている。この報酬を待つ能力は、ヒトの脳の持つ最適な実行機能を定義する重要な要素の1つである。

神経学的な障害における前頭前皮質の役割を理解するための研究は現在、数多く存在する。統合失調症や双極性障害、ADHDなどの多くの病気が前頭皮質の機能障害と関係していると考えられており、この脳に対する考えから、このような病気の新しい治療法の可能性が生まれている。α2A アドレナリン受容体を介して作用するグアンファシンを含む、前頭前皮質の機能を向上させる作用を持ったいくつかの薬品の臨床試験が始まっている。この薬品の下流の標的はHCN チャネルで、前頭前皮質の薬理学において最近研究が進んでいる

2009年06月01日

ハーバート・スペンサーは自然選択説を社会に適用して

19世紀後半にハーバート・スペンサーは自然選択説を社会に適用して、最適者生存によって社会は理想的な状態へと発達していくという社会進化論を唱え、ヘッケルは国家間の競争により、社会が発達していくという社会進化論を唱えた。スペンサーは生物は下等から高等へと進歩していくというラマルクを高く評価していたと言われており、進化に目的や方向性はないと考えるダーウィニズムではないと思われる。その主張は優生学とも異なる。その例によくあげられるナチズムは進化論の原理原則とは対立しており、関連付けるのは不可能である。

以下のナチズムの主張は進化論とは全く相容れない。

人為的に他民族を絶滅し、固定化する→分化、多様性や変異の否定
優等人種であるアーリア人と劣等人種であるユダヤ人の生殖では前者の形質が後者に劣ってしまう→適者生存の否定
進化の原動力は意志→適応や順応などの否定
20世紀後半には、エドワード・オズボーン・ウィルソンがその著作『社会生物学』(1975)のなかで、進化論的社会生物学が将来、人間についての社会科学に大きな影響を及ぼすだろうという展望を述べて、大論争をひきおこした。その初期の批判のなかには、ウィルソンや社会生物学の主張をナチズムにむすびつけたものもみられたが、論争を通じて、そうした批判は誤解にもとづくものであることが次第にあきらかになった。この論争の経緯については、社会学者ウリカ・セーゲルストローレがその著作『真理の擁護者たち』(邦訳『社会生物学論争史』)のなかで詳細かつバランスよくまとめている。

「生物は進化する」というテーゼは現在では学会で科学的事実として受け入れられているが、社会的に受け入れられているとは限らず、特に宗教右派の反発は大きい(進化論裁判も参照)。アメリカ合衆国の南部などいくつかの州では、プロテスタントの一部に根強い聖書主義の立場から進化論が否定されている。ケンタッキー州には、進化論を否定する博物館Creation Museumが建てられている。

キリスト教根本主義者の創造論では、宇宙の始まりから現在までの過程についても聖書に誤りが無く、旧約聖書『創世記』の記述が文字通り正しという聖書無謬説をとり、生物種はそれぞれ独立に創られたとしている。

カトリック教会では1996年10月にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、「進化論は仮説以上のもので、肉体の進化論は認めるが、人間の魂は神に創造されたもの」だと述べた。つまり、人間の精神活動の源泉たる魂の出現は、進化論的過程とは関係ないとする限定つきで、進化論をキリスト教と矛盾しないものと認めた。
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近年アメリカ合衆国のいくつかの州において、創造論が明確に学校教育に持ち込まれようとしている。1980年代には裁判で創造論の理科教育への持ち込みを禁ずる判決が出された。そのために、「神による創造を科学的に解明する」運動が創造科学として沸き上がった。しかし創造科学も創造論と同様に科学ではなく宗教であるという連邦裁判所の判決が下された。その後、創造科学運動は、宇宙や生命を設計し創造した存在を認めるインテリジェント・デザイン説(ID説)を公教育に取り入れようとする動きがある。インテリジェント・デザインでは、極めて精妙な生物の細胞や器官のしくみを例に挙げて、「複雑な細胞からなる生体組織が進化によってひとりでにできあがったとは考えられない。従って創造に際しては『高度な知性』によるデザインが必要であった」といった主張がなされている。また創造科学と同様に創造論に科学的根拠を持たせようと試みているが、運動の中心は「くさび戦術」と呼ばれるものである。これはインテリジェント・デザインの科学的妥当性を立証するのではなく、進化論の不十分な点、まだ説明できない生物の現象を強調する。ジョージ・W・ブッシュは「平等のために進化論のみならずインテリジェント・デザインも学校の理科の時間に教えるべきだ」と述べたが、翌日報道官が撤回した。2005年11月、カンザス州教育委員会は多数決の結果ID説の立場を採り、進化論を「問題の多い理論」として教える科学教育基準を採決した。この決定にあたり、ID説を支持する創造科学者たちを批判するために作られたパロディ「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教団」が登場し、ネット世論を大いに沸かせた。インテリジェント・デザインはペンシルベニア州ドーバー学区における裁判で、宗教であり科学ではないと指摘された。

保守的なイスラム教でも進化論は否定される。イスラーム原理主義の方針をとるアラブ イスラーム学院のウェブサイトには進化論を否定する文章が掲載されている。実態は変態に近いと言えるポケットモンスターの進化もハラーム扱いを受け、カードを交換して収集するポケモンカードゲームの遊び方がイスラムで禁じられる賭博にあたるとされたことも併せて、保守的なイスラム諸国ではポケモンのゲームやグッズの販売制限が行われるに至った。詳しくはポケットモンスター#ポケットモンスターに関する様々な逆風の「イスラム諸国」の欄を参照。なお、イスラム系新宗教バハーイー教のアブドゥル・バハーも書簡の中で進化論を否定している。

このように宗教からの反対を受けてきた歴史のある進化論であるが、オカルトやニューエイジの分野では教義への取り込みが行われてきた。意識や霊性の進歩・向上を「進化」と呼称するのが代表的な例である。ルドルフ・シュタイナーやブラヴァツキー夫人のように、著書のなかで神秘学的な教義に基づいた人類進化の過程を記した人物もいる。

生物学者の中には敬虔な信仰を持つものもおり、その一部は生物の進化を神の創造の過程と見なしている。この中には遺伝学者テオドシウス・ドブジャンスキー、現代では分子生物学者フランシス・コリンズなどが挙げられる。また他の一部は理神論を信じ、生物の進化と信仰を両立させている。

2009年04月28日

ミュンヘンのヘラブルン動物園(

グッギィスベルク(Guggisberg)はWild Cats Of The World(1975)の中で次のように書いている。ライガーやタイゴンには長い間繁殖能力が無いと考えられてきたが、1943年にミュンヘンのヘラブルン動物園(Hellabrunn Zoo)でライオンと”島の”トラの間に生まれた15歳の種間雑種をライオンと交配させることに成功した。 その雌の幼獣は体が弱かったものの、成体まで成長した。

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雌のタイゴンが一般的に繁殖力を持つのに対し、雄は不妊である。 雌のみが繁殖可能なことから、ライガーからタイゴンが生まれたり、その逆のことはおこらない。

またインドのアリポア動物園(Alipore Zoo)では、1971年に生まれたルドラーニ(Rudhrani)というタイゴンと、デバブラータ(Debabrata)というインドライオンの交配に成功した。 その珍しい2世代目の雑種はライタイゴン(li-tigon)と呼ばれる。ルドラーニは生涯で7頭のライタイゴンを産んだ。 このうち何頭かの個体は驚異的な大きさに成長した。クバナカーン(Cubanacan)というライタイゴン(1991年没)は最低でも体重363kg、体高は肩までの高さが1.32m、そして全長は3.5mであった。

同じように、タイタイゴン(ti-tigon)についての報告もある。これはタイゴンの雌とトラの雄の交配による種である。 タイタイゴンは金色のトラに似ているが、体の模様は少ない。 1978年に生まれた雌のタイゴン、ノエル(Noelle)は、飼育者に不妊だと判断されチベットのシャンバラ自然保護区でアントン(Anton)という雄のアムールトラと同じ柵の中で暮らしていた。 1983年、ノエルはナサニエル(Nathaniel)というタイタイゴンを産んだ。ナサニエルは4分の3がトラであったため、ノエルよりも濃い縞模様を持ち、トラとライオンの混ざった声を持つ母よりもよりトラらしく鳴き、ライオンの血は4分の1しか入っていなかったため、鬣は生えてこなかった。そしてナサニエルは8、9歳のとき癌で死亡した。 ノエルもその後すぐに癌にかかり死亡した。

2009年04月13日

ムハンマドと女性

イスラーム共同体(ウンマ)がヒジュラとメッカ征服によって急速に勢力を拡大すると、抗争をくり返していたアラビア半島のアラブ諸部族は共同体の首長であるムハンマドの政治交渉における誠実さを見込み、彼と同盟関係を結ぶなどした。この過程でムハンマドは共同体内部の有力家系の婦女の他に、征服した勢力や同盟・帰順関係を結んでいたアラブ諸部族などからも妻を迎えることとなった。伝承によると、ムハンマドの妻たちは22人居たと伝えられる。ムハンマドの女性観、女性関係はムハンマドが非ムスリムを中心として批判される原因ともなった。

ムハンマドの妻・妾一覧
正妻

ハディージャ
サウダ・ビント・ザムア:en
アーイシャ(アブー=バクルの娘)
ハフサ(ウマルの娘):en
ウンム・サラマ・ヒンド(アブー・スフヤーンの娘):en
ザイナブ・ビント・フザイマ:en
ウンム・ハリーマ・ザイナブ・ビント・ジュフシュ:en
ジャワイリーヤ・ビント・ハーリス:en
ウンム・ハビーバ・ラムラ・ビント・アビー=スフヤーン(アブー・スフヤーンの娘で上記のウンム・サラマの姉妹):en
サフィーヤ・ビント・フヤイイ(ハイバル出身):en
マイムーナ・ビント・アル=ハーリス:en
コプトのマリア(マーリーヤ・アル=キブティーヤ・ビント・シャムウーン):en(ムハンマドの末子イブラーヒームの母。エジプト出身のコプト教徒の娘。[11])
シャラーフ・ビント・ハリーファ・アル=カルビー(ベドウィンの出身でムハンマド在世中に死去)
アーリーヤ・ビント・ズブヤーン(ムハンマド在世中に離婚。)
ファーティマ・ビント・ダハーク・アル=ハズィーリー(ムハンマド在世中に離婚。)
アスマ-ウ? (ソバ出身)
ハブラ
アスマーウ? (ノーマン出身)
側室

ライハーナ?
ウンム・シャンク?
クハウラ

ムハンマドに遡る結婚規定について
イスラーム法の法源であるクルアーン、およびハディースでは結婚に関する規定やムハンマドに由来する逸話がいくつか存在する。クルアーンによれば、男性には娶って良い女性と娶ってはならない女性があることが述べられている。

「汝らに娶ってはならぬ相手として、自分の母、娘、姉妹、父方のおばと母方のおば、兄弟の娘と姉妹の娘(ともに姪)、授乳した乳母、同乳の姉妹、妻の母、汝らが肉体的交渉をもった妻が以前に生んで連れて来た養女(継娘)、今汝らが後見している者、未だ肉体的交渉をしていないならばその連れ子を妻にしても罪はない。および汝らが生んだ息子の妻、また同時に二人の姉妹を娶ること(も禁じられる)。過ぎ去った昔のことは問わないが。アッラーは寛容にして慈悲深くあられる。」(クルアーン第4章23節)
ハディースが伝えるところによると、ムハンマドの妻のひとりでアブー・スフヤーンの娘ウンム・ハビーバからの伝承として、彼女が自分の妹もムハンマドの妻として迎えて欲しいと願い出たが、妻の姉妹とは結婚出来ないので「私には許されない」と答えて断った。そこで彼女は、アブー・サラマの娘ドッラをムハンマドが妻として欲しているという噂を聞いたので、ドッラとも結婚してはどうかと尋ねたが、ムハンマドはアブー・サラマとは彼の母スワイバの乳でともに育った自分の乳兄弟であり、その娘を娶る事は乳兄弟の娘を娶る事になり、これも自分には許されないと反論して断り、「ともかく、あなた方の娘や姉妹たちを私に勧めてはいけない」と諭したという[12]。同様の例が他にもあり、ムハンマドの叔父ハムザ・ブン・アブド・アル=ムッタリブの娘と結婚しないのかと人から尋ねられた時、ムハンマドは「彼女は私の乳兄弟の娘だから」と言ってこれを否定している。

また、本人の許諾無しに強制的に女性が親族たちよって結婚させられることは無効とされた伝承もある。例えばハンサーウ・ビント・ヒザームという女性は離婚したものの彼女の父親によって無理矢理再婚させられ、これをムハンマドに訴え出た時、ムハンマドはこの結婚を無効としたという[13](ただし、実際に歴史上でこれらの子女が望まない結婚を強制された場合、どれだけ無効と出来たかは裁判記録などの精査を要する)。

ザイナブ・ビント・ジャフシュとの結婚に関して
ムハンマドの養子であったザイド・イブン・ハーリサの妻ザイナブ・ビント・ジャフシュは大変美しい女性であったとされ、その美貌に魅せられたムハンマドは彼女を自分の妻にしたいと願った。彼女はムハンマドの従姉妹にあたりごく初期に改宗したひとりである。ヒジュラに同行してマディーナへ移住したが、ザイドとザイナブはこの時結婚生活が上手くいっていなかったようで、ザイドの家に訪れた時にムハンマドがザイナブを見初めたことを機会に、ザイドから離婚して彼女をムハンマドに譲ろうとした[14]。しかしムハンマドは周囲をはばかり「アッラーを畏れ、妻をあなたの許に留めなさい」とたしなめて離婚を抑えるようにしたが、ザイドは離婚手続きを済ませてしまった。しかし、すでに息子の妻を父が娶るこを禁止されており信徒たちの間で物議を醸したが、クルアーン第33章37節の啓示による正当性を得られたため、ムハンマドは「養子は本当の親子と同じものではない」[15]、「養子の妻は養子が彼女を離婚した後は自分の妻としても問題はない」[16]とし、627年に彼女を自分の妻とした。ちなみに、このザイナブ・ビント・ジュフシュは結婚の後、預言者ムハンマドの寵愛を巡ってアーイシャと競った事で有名だが、上記の啓示の事を引き合いにして結婚式の当日「あなた方を嫁がせたのはあなた方の親達ですけれど、わたしをめあわせたのは七つの天の彼方にいますアッラーに他なりません」と言ってムハンマドの他の妻達に誇ったと伝えられる[17]。

このことに対して、反イスラーム主義者は、『セックスに対する欲望のあまり養子とはいえ息子の嫁を奪った男』とムハンマドを攻撃する姿勢を見せている。またコーラン第33章37節の文言もムハンマドが自身の欲望を満たすために作り上げたものとしている。たとえば9世紀にアンダルスで殉教したコルドバのエウロギウスは自著の中で登場人物に『同国人のザイドの妻ザイナブの美しさに目が眩み、まるで理性のない馬やラバのように、野蛮な法を根拠として彼女を奪って姦通し、それを天使の命令で行ったのだと主張した人物が、どのようにして預言者の一人とみなされるのか、又どうして天の呪いで罰せられずに済むのか。』といわせ、ムハンマドに罵倒とも思えるほどすさまじい批判を加えている[18]。

アーイシャとの婚姻をめぐる議論
ハディースなどの伝承によると、最初の妻ハディージャが没した後、ムハンマドはヒジュラ後のメディナ居住時代に寡婦サウダとアブー・バクルの娘アーイシャと結婚している。ムハンマドの妻たちの多くは結婚経験がある者がほとんどで、ハディースなどの記録による限り結婚時に処女だったのはアーイシャのみであり、特に当時のアラブ社会でも(現在でも中東や東欧など第三世界でもそうだが)他の地域と同じく、良家の子女にとって婚姻以前の「処女性」は非常に重要視されており、アーイシャの場合も処女で婚儀を結んだことがムスリムの女性の模範のひとつとして重要視されている。

ただ、このムハンマドの最愛の妻と呼ばれたアーイシャは、結婚時9歳(満8歳)であり、対してムハンマドは50歳代に達していた。そのため反イスラーム主義者の一部はこれを口実に『ムハンマドは9歳(満8歳)の女の子とセックス(性行為)を行ったのではないか?』(現代でいうところのペドフィリア、児童性愛、チャイルド・マレスター)とムハンマドを攻撃する姿勢を見せている[19]。

これに対してムハンマドの擁護者などは、前近代の人類社会では有力家系の子女が10歳前後で結婚することはありふれており[20]、その場合は結婚してもおおよそ初潮後の適齢になるまでセックスは行わないのが通例であったとして反論している。インドのイスラーム学者マウラナ・ムハンマド・アリーはアーイシャがムハンマドと結婚した年齢は15歳であったとも主張している[21]。

ただし、ハディースにはアーイシャ自身からの伝承として、「彼女は6歳の時に預言者(ムハンマド)に嫁ぎ9歳(満8歳)の時に正式に結婚し、9年間を共に暮らした」[22]とあり、「正式な結婚」とは婚儀の後の結婚初夜のセックス・性行為も含まれるとされる。

またイスラームにおいて預言者ムハンマドの言動(ハディース)は一部の例外を除いてムスリムの言動の鑑とされていることから、イスラーム世界における児童性的虐待や幼童婚の慣習の正当化に、ムハンマドとアーイシャの事例が用いられているという批判も存在している。イスラーム法における女子の最低結婚年齢は多くの解釈では9歳であるが、これはアーイシャの結婚時の年齢を基にしたものである。

一夫多妻に関しての議論
ムハンマドらが生きて居た当時、一定以上の財産・地位を持つ自由民男性は通常複数の女性と結婚し、当然ながら子孫を得るため彼女らとセックス・性行為を行った。これはムハンマドも同様であった[23]。

この事自体は(現代ならばともかく)その当時の人類社会における富裕層・支配層では極当たり前の習慣であり[24]、前近代の社会においては一般的で過度に強調するべきことではないともいえる。ただし、当然のことだがこの家族形態(一夫多妻)が前近代の社会で一定程度見られたことを認めることと、この家族形態が現代社会においても正当性を有するとみなしこれを是認するか否かと論じることは、また別の問題である。

天国に対する発言
イブン・カスィールによれば、ムハンマドは『天国では男性は一日100人の処女(フーリー)とセックスが出来る』と述べていた[25]。また、『われわれは天国で処女とセックスが出来るのでしょうか?』と問いかけた信者に対して、『もちろん出来る。そしてセックスが終わった後には、彼女は清らかな乙女に戻るのだ。』と述べたともしている[26]。

ティルミズィーによるハディース集成書『スナン』によるとムハンマドは「天国の民への最小の報い」として八十人の召使いと七十二人の妻がおり、真珠とアクアマリンとルビーで飾られた天蓋のある、アルジャビアからサナアまでほどの広さを持つ住居をあげたという[27]。

別の伝承によれば、 ムハンマドは『天国では信徒たちは女性に対してそれだけの強さを与えられるであろう』と述べたところ、アナスが『ああ、アッラーの使徒よ!そのようなことが出来るのでしょうか!?』と問いかけた、ムハンマドは『百人の男に匹敵する精力を得られるのだ』と答えたという。[25] ムハンマドの教友の中には、ムハンマドが『天国の男たちは処女の花を散らす[28]のに忙しくなる。』といったと伝えている者も居る[29]。

このような事柄はムハンマドのハディースのみならず、クルアーンにも記されている[30]。

このため反イスラーム主義者はムハンマドを『天国を売春宿のように捻じ曲げた男』として批判してきた。エウロギウスは『ムハンマドは彼がキリスト教から取り入れた天国の思想を彼自身の官能的欲求に合わせて作り変えたのだ。』と激しい非難を浴びせた

ユーティ つくだ ジャー まんご アンプ マガジン マッコリ だいせん センダン チコリー ノアアク フェイント ホーム フロッタ マリ幸運 ナンヨウ ジブル おれが オーシャ ディフェ メッシュ ナツユ ふくべそ しもごう ギャルド リング リビア キウイフル ローティー ニュース ニアピン モーター ジュアル マイナー ガント ビーム ツーリズム レクラニ ハイフ センサ メチエ バイパス クール おたる ビリー ジャンプ トロール モホス プチトマト はかま

2009年03月29日

鋼鉄神ジーグ

時代は『鋼鉄ジーグ』から50年後という設定、TVアニメ版『鋼鉄ジーグ』の続編ではなく安田達矢作画でテレビマガジン誌上で連載されたコミック版の続編であるが、一部キャラクター設定等が異なっており、パラレルワールド的な世界観と思われる。本作は熱血主人公設定やヒロインなどのお色気シーン描写などがあり、70?80年頃の永井豪作品を彷彿させる作風になっている。

メカデザインも前作のものをリファインしたものとなっており、鋼鉄神ジーグも旧パーツやオプションを装着できる。2008年7月に玩具が発売されたが、発売元はタカラトミーではなくバンダイとなり、超合金魂ブランドとして発売することとなった(本来は超合金ブランドとして発売する予定だったが、諸事情で超合金魂に変更された)。なお、超合金魂のパッケージ表記は音読表記から来たと思われる「ZYYG」であるが、「ジーグ」と言う名の発祥から考えるとこの記述は誤りである(詳しくは「鋼鉄ジーグ」参照)。ただし、ディスプレイ台にあるレリーフには「JEEG」と記されているため、パッケージ表記のみの誤字である。

旧タカラ版マグネモ玩具に比べると、超合金魂鋼鉄神ジーグは磁石が接する面積が狭いため磁力がやや弱く、ジョイント径の違いなどもあるため、完全な互換性は求めるべくもないが、一部のパーツは換装できる。バンダイとタカラの関係を考えると、むしろ珍しいケースといえるかもしれない。開発スタッフもマグネモジーグにあやかって鋼鉄神ジーグをこの仕様にしたそうである。同年の9月に発売されたBRAVE合金ガ・キーンも同じマグネモ規格を採用しているが、本商品よりもガ・キーンの方が磁力も互換性も上である。

ストーリー [編集]
『鋼鉄ジーグ』から50年後の2025年。九州全域は50年前に発生した謎のゾーンに覆われたままになっていた。

その九州に近い下関にハニワ幻神(げんじん)が再び出現。草薙剣児は鋼鉄神ジーグのパイロットとなり、幼馴染の珠城つばきや親友の美角鏡らと共に新ビルドベースの下、妃魅禍率いる邪魔大王国に戦いを挑む。

キャラクター [編集]

ビルドベース [編集]
草薙剣児(クサナギ ケンジ)
声:小野大輔
本作の主人公。学生ながらハイパーモーターバイク(HMB)に所属し、チャンピオンライダーとして活躍する。鋼鉄ジーグ及び鋼鉄神ジーグのパイロット。
初代鋼鉄ジーグ=司馬宙とは異なり、彼はサイボーグではない。バイクだけでなく柔道・剣道・空手・合気道などの様々な武道に長けるが、精神面での鍛錬が欠けており、同級生から(特に女子から)は「バカ」もしくは「スケベ」の一言で片付けられてしまう。
ジーグの操縦者に最もふさわしい者として選ばれ、雷光馬を駆りジーグの頭部パーツへと変形、更に鋼鉄神ジーグへとビルドアップを果たし、邪魔大王国との戦いの先頭に立つ。
実家のバイク屋「草薙モーターズ」(閉店中)で一人暮らし。両親は第5話の剣児の回想シーンでビルドベース関係者と判明、現在は行方不明。最終決戦後はバイクチームに復帰し、鏡の遺品となったバイクでレースに出場する。
珠城つばき(タマシロ ツバキ)
声:植田佳奈
本作のヒロイン。剣児の幼馴染みで、麻布都珠勾(まふつすく)神社の巫女でもある。美和の孫娘に当たる。ビッグシューターのサブパイロットで、ジーグパーツ射出は彼女が担当する。第10話で銅鐸の巫女である事が判明する。
最終回のエピローグは彼女のモノローグで締めくくられる。
美角鏡(ミスミ キョウ)
声:千葉進歩
剣児やつばきの通う高校の同級生で、同じバイクチームの仲間。剣児の好敵手的な関係にある。ビッグシューターのパイロットを務める。剣児と異なり、クールで落ち着いた性格から女子の人気は高く剣児とつるんでいる事を不思議がられる場合も。第10話で戦死するが、彼には重大な秘密があった。
最終決戦後、彼の死は秘密にされ、クラスメイトやファンの女子達には突然転校したと説明がなされている。
珠城美和(タマシロ ミワ)
声:兵藤まこ
50年前に先代鋼鉄ジーグこと司馬宙と共に戦った、初代ビッグシューターのパイロット卯月美和。つばきの祖母であり新ビルドベースの司令である。第12話で初代ビッグシューターで出撃し、宙と往年のコンビネーションを見せる。
司馬遷次郎(シバ センジロウ)
声:上田陽司
司馬宙の父。鋼鉄ジーグではアニメ版、コミック版共に死亡しており、その意識をコンピュータに移した「マシーンファーザー」として登場したが、本作では生身である。第7話でゾーン内部に取り残されていた妻菊枝と娘まゆみと再会する。最終決戦後は本業の考古学者に戻った。なお前作から50年が経過しているだけに、体格はやせ衰えていたが、性格は余り変わっていない。
柳生充子(ヤギュウ ミツコ)
声:野田順子
鋼鉄神ジーグの支援を目的とした戦闘機部隊「ビルドエンジェル隊」の隊長を勤める女性パイロット。隻眼であり左目に眼帯をしており柳生十兵衛の血脈を受け継いでいると言われている。ネーミングや設定は「ハレンチ学園」に登場した“十兵衛”こと柳生みつ子(やぎゅうみつこ)の引用と思われる。
最終決戦後は剣児の所属するバイクチームのレースクィーンになる。
早乙女門子(サオトメ モンコ)
声:森夏姫
ビルドエンジェル隊で一番の大柄な女性。力だけなら剣児でも適わない、パワフルな性格の持ち主。
最終決戦後は柳生隊長と同様に剣児のバイクチームのレースクィーンとなる。ネーミングや設定は「ガクエン退屈男」に登場した早乙女門土(さおとめもんど)の引用と思われる。
身堂竜子(ミドウ タツコ)
声:岡村明美
ビルドエンジェル隊の一員。第5話で渦潮の講釈をするなど知性派を思わせる博識な描写がされているが、同時に物騒な発言をすることも。早乙女隊員ともども50年前に時間軸が停止したゾーンからの帰還者である。ネーミングや設定は「ガクエン退屈男」に登場した身堂竜馬(みどうたつま)の引用と思われる。
最終決戦後は柳生隊長と同様に剣児のバイクチームのレースクィーンとなる。
司馬宙(シバ ヒロシ)
声:諏訪部順一
50年前に邪魔大王国と戦った初代鋼鉄ジーグ本人。父の司馬遷次郎にサイボーグに改造された。九州・阿蘇での最終決戦では自らの体内に隠されていた銅鐸の力を発動させ、発生したゾーンの中に邪魔大王国と共に消え消息不明となる。第11話で復活した後は戦線に参加。第12話ではサイボーグ形態への変身や鋼鉄ジーグへのビルドアップを果たすが、前作後半の新サイボーグ形態ではなく旧作序盤のサイボーグ形態だった(現代風のリファインはされていた)。
最終決戦後、剣児が所属するバイクチームのオーナーだった事が判明する。
卯月美和のことは、本作の過去にあたるテレビマガジン版鋼鉄ジーグでは「美和っぺ」だが本作第3話の回想ではアニメ版の「ミッチー」の愛称で呼んでいる。 なお、剣児達にサイボーグである事が伝わっていなかったのか、第12話で普段着姿で宇宙空間に飛び出した姿に剣児達が驚いていた。
黒鷲のドン、パンチョ、チビ
旧作の登場人物。第2話登場。年老いた姿がビルトベース内で見られた。メカドンも登場せず、セリフ等も特に無し。

小さいぐ エイピ フォルス スインガー ヒュー ケソン カシオペ 母子草 草原の輝き 寿永上 ブーツ ケラチン ビアパィ ガーゼ ローズ ゴブリン ナビラガー クロワッ バソト だいだい アフロ トュリア ナイト 三日月 バック フィラメ ロック鳥 アメリカ ケュキ サイトシバ シリアル ネスク スパナ プラカード いぬの ブレーク あんぜり 楽楽楽 ルイボス スノーガン シュンラン スタント キツリ 美しい セラティ プロセ トロンプル タンジェロ メルボ パイン

2009年03月13日

イリオス

イリオス(イーリオス)は、トロイ、トロヤ、トロイア(トローイア、トロイアー)、イリオン(イーリオン)などと呼ばれる、ギリシア神話に登場する都市。現在のトルコ北西部、ダーダネルス海峡以南にあったとされる。

一般的に、ハインリッヒ・シュリーマンによって発掘された遺跡がイリオスに比定されている。神話ではかなりの規模を持った都市国家であるが、現在発掘によって確認される遺跡は城塞以上のものではない。ギリシア神話においては、アガメムノンを頭とするアカイア軍に滅ぼされたとされ、そのあらましはイリアスをはじめとする叙事詩環に描かれている。

イリオスの建設 [編集]
かつてイリオスのある地域は、スカマンドロス河とニンフのイダイアの子であるテウクロス(テラモンの子テウクロスとは別)が王として治めており、テウクロイと呼ばれていた。そこへアトラスの娘エレクトラにゼウスが生ませた子であるダルダノスがサモトラケ島からやってきた。ダルダノスはテウクロスの客となり、彼の娘バティエイアと領地の一部をもらった。彼はそこにダルダノスという都市を築き、テウクロス王の死後、テウクロイの一帯はダルダニアと呼ばれるようになった。

ダルダノスの後はエリクトニオスが相続した。エリクトニオスの後はトロスが継いだ。トロスは、自分の名にちなんでダルダニアの地をトロイアと呼ぶことにした。

トロスはスカマンドロス河の娘カリロエと結婚し、クレオパトラ(もちろんプトレマイオス朝の女王クレオパトラとは違う)、イロス、アッサラコス、ガニュメデスをもうけた。ガニュメデスが気に入ったゼウスは、鷲に変身してガニュメデスをさらい、オリュンポスの給仕係とした。そして、その代償に馬を与えた。なお、アッサラコスの子がカピュスで、カピュスの子がアンキセス。アンキセスの子がローマの元となった都市を築いた英雄アイネイアスである。
ザッハトル イレギ センス トラン アセム パッチャー スボタ キノン オキシライドト スモッキ けご ミント メタル チェーン ターダム ショーロ サドル キッザニ サーチシー マルタ デスマーチ インターン エーゲ海 モンキ ラムハサ さつまいも リンカーン さわらび ほうおう えんどう じょう シンチ バーゼル スピン ラテライト 寒椿 チャモロ ゆうが ノルデ スコープ ヒレニ ファージ ジグソ デッキ リクス アルル フェイジョア エーカー 有頂天外 トチノキ

トロスの子イロスはプリュギアで、その地の王が主催した競技会の相撲の部に優勝。賞品として50人の少年と50人の少女を得た。また王は彼に斑の牛をあたえ、「その牛が横になったところに都市を築けという神託が下ったから、その通りにしなさい」といった。イロスが牛の後についていくと、牛はアテという丘で横になった。そこでイロスはそこに都市を築き、イリオスと名づけた。イロスはアドラストス(テーバイ攻めの七将の一人のアドラストスとは違う)の娘エウリュディケと結婚し、ラオメドンをもうけた。イロスの後はラオメドンが継いだ。ラオメドンの子供には、娘のヘシオネ、息子ティトノス、ボダルケスなどが生まれたという。

2009年02月25日

時計じかけのオレンジ

『時計じかけのオレンジ』(A Clockwork Orange)は、イギリスの小説家アンソニー・バージェスによるディストピア小説。1962年発表。又は、アンソニー・バージェスの原作からスタンリー・キューブリックにより映画化されたイギリス映画。1971年公開。日本での公開は1972年4月。本項では主に映画について記す。

暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、サタイア(風刺)的作品。説話上は近未来を舞台設定にしているが、あくまでも普遍的な社会をモチーフにしており、キューブリックの大胆さと繊細さによって、人間の持つ非人間性を悪の舞踊劇ともいうべき作品に昇華させている。原作同様、映画も主人公である不良少年の一人称の物語であり、ロシア語と英語のスラングで組み合わされた「ナッドサット言葉」が使用されている。

皮肉の利いた鮮烈なサタイア(風刺)だが、一部には暴力を誘発する作品であるという見解もある。
共産主義に支配された近未来のロンドン。クラシック音楽、中でもベートーベンをこよなく愛する15歳のアレックス・デラージ (Alex DeLarge) をリーダーとする少年4人組"ドルーグ"は、今夜もコロヴァ・ミルク・バーでドラッグ入りミルク"ミルク・プラス"を飲みながら無軌道的な暴力行為"ウルトラヴァイオレンス"の計画をたて、夜の世界に繰り出しては浮浪者狩りに興じていた。労働の担い手とならない老人は街中にゴミのように打ち捨てられホームレスとなり、快楽的袋叩きにあう。他の不良グループ(ビリーボーイズ)は"デボチカ"少女を"フィリー"強姦すべく、廃墟に連れ込み集団レイプを働こうと血気盛んに衣服を剥ぎ取りベッドに押し倒した。しかし、見計らったかのようにアレックスたちが現れ叩きのめす。乱闘中サイレンが近づきアレックスたちは逃走する。興奮冷めない一行は、盗んだ車で郊外へ走り、困窮を装い助けを求め、親切心から開いた作家宅の扉にマスクを被って押し入り『雨に唄えば』を歌いながら暴れ作家の妻を輪姦した。翌日、学校をサボった彼は、レコード店で引っかけた女の子2人と自宅でセックスをする。その夜、一軒家に侵入したときに男性器をかたどったオブジェで老婦人を"トルチョック"し撲殺した後、仲間の裏切りに遭ったアレックスは、反社会的行為の末、1人警察に逮捕され、懲役14年の実刑判決(浮浪者の件は追及されていない)が下った。

収監されて2年。牧師と懇意になるような模範囚を装っていたアレックスは、内務大臣にキリスト教への信仰心とクラシック音楽の趣向を見出され、さらに犯罪暦から野心を気に入られ、「ルドヴィコ療法(the Ludovico technique)」の被験者となることと引き換えに刑期の短縮の機会を得る。12年の獄中生活から逃れるためアレックスは志願した。
ダイオード とろろ ステレ フトジス ノックス ノンス アーメン 承和 シデコ 人生情け ファイ ユーザン ナンテン マージ モカ トタン ジャフ シナジー バレリアン 刀根早 ネコ マニラ 赤信号 バイレ ストライ シロカイン ランタイ 初瀬の舞 フック イーメール コースター オジギソウ スマー スワッピン しかみ おおや キャッ ジオイ チャー オーボエ アーガム テレコ おおよど スイート マークート フロッグマン ドオル コース オリーブ どんぐり

治療のためアレックスは施設に移送された。治療の実施は被験者に投薬を行った上で拘束服で椅子に縛り付け、"リドロック"のクリップで見開いた状態にまぶたを固定し、眼球に目薬を差されながら残虐描写に満ち満ちた映像をただじっと鑑賞しつづけるというものだった。投薬によって引き起こされる吐き気や嫌悪感と、鑑賞中の暴力的映像を被験者が「連係」する事で、暴力や性行為に生理的拒絶反応を引き起こす様に暗示するのである。映像のBGMに使われていたのは、偶然にも彼が好んで聴いていたベートーヴェンの第九であった。これによりアレックスは、最も敬愛する第九を聴くと、吐き気に襲われ倒れてしまう身体となる。

治療は成功し、以後彼は性行為や暴力行為に及ぼうとすると吐き気を催すほどの嫌悪感を覚え、何もできなくなってしまう。それは、犯罪に向かう暴力の根本的解決ではなかった。そして出所前に催されたデモンストレーションは医師たちの立会いのもと、政府高官や関係者の前で治療の効果が証明された。一同が生まれ変わったアレックスを目の当たりにし喜ぶなか、刑務所でアレックスと親しかった教戒師は彼が行っているのは苦痛からの逃避であり、自ら選択して行った善ではないことを指摘する。アレックスは、暴力に対して無防備となりそれに抗う事を選択する能力のない存在となった。それはまるで中身が機械でできている人間、『時計じかけの"オレンジ"』のようである。

暴力に対して無防備な人となって出所、帰宅した。両親のもとにはアレックスと風貌の似た男が居候し親子同然の関係を築いていた。居場所なく家出してみるとホームレスの老人が"カッター銭"を求めて来た。自分の境遇に通ずるものを感じポケットから出して与えると、老人はまるで死人でもみるかのような驚きの表情となり、人相を確認し始めた。アレックスは以前リンチした老人に追われ逃げ出したが他のホームレス老人と一緒に周りを囲まれてリンチされる事になった。反抗しようとするが暴力にたいし抵抗できない。彼は助けを求めるが、やって来たのは警官に就職したかつての仲間やビリーボーイズたちであった。アレックスは郊外に連れ去られ、警官たちから容赦のない暴力を受け放置される。 惨憺たる様態のアレックスはそれとは知らず、見覚えのある建物に助けを求める。見知らぬ筋肉質の男に抱きかかえられ中に入れられると、車椅子生活を送る作家の前に出た。婦人はすでに病死し、筋肉質の男は作家の世話係だった。人道主義的信条にあるこの作家は、被害者となった妻の死は、暴力事件を生み出した社会にあると考え、打倒に憑かれていた。

そして作家は人生を破壊されたアレックスに同情し、悪政の横暴が施した治療の実態に大きなショックを受けるが、一方で興奮していた。そしてマスメディアを利用し世間に公表する事で政権を覆そうと考えた。作家は入浴を勧め、アレックスが入浴している間に電話で要人と熱心に打ち合わせをはじめた。安堵感に浸るアレックスは『雨に唄えば』を歌いはじめた。作家はこの歌声を以前どこで聴いたかと考えた。そして、かつて自分達夫婦を襲ったマスクの少年が彼であると気付き、方向転換する。

入浴を終えアレックスは食事にありつくが、作家の様子に違和感を覚えた。要人が到着し治療の詳細への取材に応じた。「第九」を聞くと死にたくなるということを聞き出したところでアレックスは、薬物の効果で意識を失う。意識を取り戻すとアレックスは部屋の中に監禁されていた。そこに作家は大音量で「第九」を鳴り響かせた。アレックスは激しい嫌悪感に襲われ、死ぬつもりで窓から飛び降りる。暴力に対して過剰な嫌悪反応を植え付けられたが自己に対する暴力の手段が残っていた。自殺に追い込みメディアを利用して政府打倒を目論む作家の企てであった。

目覚めると、包帯を巻かれて病院のベッドに横たわっていた。回復していくアレックスは、精神科医からシチュエーションに相応したセリフについて答えるテストを受ける。アレックスの受け答えは性行為や暴力行為にもはや何の抵抗もなかった。

特別な個室に移されたある日、治療実施をアレックスに決めた内務大臣が訪れ、治療が原因の自殺未遂事件で下がった政府の支持率回復のため、世間に対し、今度は治療から完治したデモンストレーションを披露して欲しい、と言葉を濁しながら頼む。アレックスは野心的に快諾すると、大臣は友好の証としてプレゼントがあると応じた。商談成立とともに待機していた大勢のカメラマン達が入室し、仲睦まじそうに手を取り合う両人の撮影を始め、2台の大きなスピーカーが運び込まれた。大音量で鳴り響く「第九」のなかアレックスは恍惚の表情を浮かべていた。

彼は回復した。

削除された章
小説は21章から構成されるが、アメリカ合衆国で最初に出版された際、バージェスの意図に反し最終章である第21章が削除されて出版され、キューブリックによる映画も本来的の最終章を削除された版を元に作られた。映画化に際して一部のエピソードを省略したり複数のエピソードをまとめたりすることはよくあることだが、第21章があるか否かにより小説の印象は相当異なる。このため、映画版は原作者であるバージェスが意図しない終わり方をしている。

その後、アメリカでも第21章は復活して出版されるようになった。日本語翻訳版では1980年発行の、アントニイ・バージェス全集二巻で見ることができたが現在は絶版。だが2008年9月10日、早川書房から第21章を含む「完全版」(ISBN 4151200525)が発売された。

第21章では、元に戻ったアレックスが再び新しい仲間たちと集う生活に戻るが、ある日かつての仲間の一人と再会し、結婚して子供も生まれたことを聞く。アレックスは自分も18歳になったので、そろそろ女でも作って落ち着こうと考え、暴力から卒業しようと決意する。しかし一方で、かつて犯した犯罪は全部若気の至りだと総括し、子供時代にはだれでも避けられない道だろう、俺の子供にもいつか若い頃の話をするだろうが暴力の道に進むことを止めることはできないだろう、とうそぶく。

暴力の連鎖
この作品を見て犯罪を犯した者がいた。この映画が公開された1972年、アメリカ人のアーサー・ブレマーという男は5月15日に民主党から大統領選挙出馬を狙っていたアラバマ州知事ジョージ・ウォレスの暗殺を図り、逮捕された。ブレマーは自らの日記に「『時計じかけのオレンジ』を見てずっとウォレスを殺すことを考えていた」と書いていた。

ブレマーの日記は後に出版され、日記を読んだ一人にポール・シュレイダーがいた。シュレイダーはブレマーの日記をモチーフに映画「タクシードライバー(マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演)」の脚本を書いた。「タクシードライバー」はスコセッシの代表作であり世界的に高い評価を受ける名作となった。しかしこの映画に影響され、新たな事件を起こした男がいた。その男、ジョン・ヒンクリーは映画に出演していた当時13歳のジョディ・フォスターに偏執的な憧れをもっていた。フォスターの気を引こうとしたヒンクリーは、レーガン大統領暗殺未遂事件を起こす。

暴力を暴力で風刺したこの作品は、皮肉にも新たな暴力を生んでしまったのである。

映画の中で用いられる音楽
映画では、クラシック好きのアレックスの設定を存分に生かした選曲がなされている。音楽を担当したのはウォルター・カーロス(現:ウェンディ・カーロス)で、シンセサイザーを用いたベートーヴェンの『交響曲第9番』の演奏にヴォコーダーで加工した合唱が加わる斬新なものと、オーケストラの演奏による同曲、エルガーの『威風堂々』、ロッシーニの『泥棒かささぎ』など両方がふんだんに使われている。 また、冒頭のレイプシーンでは、ジーン・ケリーの『雨に唄えば』を高らかに歌いながらのレイプがきわめて印象的である。

なお、タイトル音楽として使われている楽曲は、カーロスのオリジナルと誤解されることがあるが、原曲は、パーセル作曲の『メアリー女王の葬送音楽』である。(編曲に織り交ぜられたグレゴリオ聖歌「怒りの日」は同監督の『シャイニング』にも登場する)

使用された音楽は以下のとおり。

交響曲第9番ニ短調(作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン)
『泥棒かささぎ』序曲、『ウィリアム・テル』序曲(作曲:ジョアキーノ・ロッシーニ)
『威風堂々』第1番、第4番(作曲:エドワード・エルガー)
『メアリー女王の葬送音楽』(作曲=ヘンリー・パーセル)
『太陽への序曲』(作曲=テリー・タッカー)
『灯台守と結婚したい』(作曲=エリカ・エイゲン)
『雨に唄えば』(作詞=ナシオ・ハーブ・ブラウン、作曲=アーサー・フリード、歌=ジーン・ケリー)
『シェヘラザード』(作曲=ニコライ・リムスキー=コルサコフ)
電子音楽作曲・編曲・演奏=ウォルター・カーロス(後にウェンディ・カーロス)

特記事項
映画中にある新療法の実験シーンの際、アレックス役のマルコム・マクダウェルが装置でまぶたを固定される場面があるが、撮影中にこの装置の位置がずれて目の中に直接入り、失明しかけたと言われている。
『雨に唄えば』が印象的な挿入歌として用いられているが、これはマルコム・マグダウェルがそらで歌えるのがこの曲だけだったため。
この映画は、史上初めてドルビー研究所が開発したドルビーノイズリダクションシステムを使用し、ステレオ録音された映画である(但し劇場公開用のフィルムはモノラルである)。キューブリックが次にステレオ音響を使ったのは意外にも遺作となった『アイズ ワイド シャット』である。
英国では1973年キューブリックの強い意向もあり、全ての上映が禁止された。英国での再上映が始まったのは、キューブリックの死後1999年になってからである。
アレックスが二度目に作家の家を訪れたときに登場するマッチョな男は、ダース・ベイダーの中身を演じたデヴィッド・プラウズである。
本作はキューブリックが事前に鑑賞していた松本俊夫監督の映画『薔薇の葬列』に大きく影響されており、作中では酷似した演出(クラシック音楽と共に、映像を早送りで再生する)が見られる。

2009年02月08日

グプタ朝

グプタ朝(Gupta Empire)は、古代インドにおいて、西暦320年から550年頃まで栄えた王朝である。イラン系の外来王朝であったクシャーナ朝に対し、グプタ朝はインドの土着王朝であった。グプタ朝は君主制を強化し、ヴィシュヌ神を信奉し、バラモン教を国教に、サンスクリット語を公用語にした。
チャンドラグプタ1世(位320年 - 335年頃)がパータリプトラを都として建国。マガダ地方から興起し、第2代のサムドラグプタ(位335年頃 - 376年頃)のとき、ガンジス川上流域や中央インドの一部まで勢力を拡大し、領域内の支配体制を固めるとともに、デカンのヴァーカータカ朝と姻戚関係を結んで、南インドにまで政治的影響を及ぼすこととなった。
レオソーム ガードマン ドアマット おぜいゆ ウォッチ チュール ハシェマ タンギ シラン 手をつなご チュウゴ ブルーボ マンダ 散歩道 アカマツ 弾丸ファ スキーマ ロック マコロ 陽炎 長徳国内 セーフ ヒストン マナー プリーナ ルベリー レポオペ ゲエゲア ナンセン ジーンズ プレパレ マスト チェリー ペック ふき小松 トモグラ ショート とうげ シボレー トランジス じくど タッピ そうあん クーペ カタカナ ドラセナ シンバル ぞうげ すうぃ? プログ

チャンドラグプタ2世(位376年頃 - 415年頃)のとき、北西インドのマールワとグジャラートに在った西クシャトラパを征服して、ついに北インドを統一し、全盛期を迎えた。この時期、東晋の僧、法顕が訪れている。なお、この頃、ヒンドゥー教が台頭し、仏教文化は衰退を始めた。

第4代クマーラグプタ1世(位415年頃 - 455年)の治世は、玄奘や義浄も学ぶことになるナーランダ僧院が設立されたことで知られるが、遊牧民エフタルの侵入によって衰退、その子、スカンダグプタ(位455年 - 467年)は、皇太子に打ち勝って王位を獲得、インド北西部領域の支配につとめ、かっての栄光を一時的に回復した。

しかし、その後は、小地域の支配者層が独立して北インドは分裂状態となった。6世紀のグプタ朝の版図はベンガルとビハールに限られるようになり、550年頃に滅亡したと考えられている。
グプタ朝時代に栄えた美術は、これまでギリシア文化の影響が色濃かったガンダーラ美術に代わり、純インド的な仏教美術として知られ、グプタ美術、または「グプタ様式」と呼ばれる。代表的なものとして、アジャンター石窟寺院の壁画や「グプタ仏」と呼ばれる多くの仏像、特に薄い衣がぴったりとはり付いて肉体の起伏を露わにする表現を好んだサールナート派の仏像が知られる。

サンスクリット文学は最盛期の時代で、二大叙事詩である『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』、カーリダーサの戯曲『シャクンタラー』などが生まれる。『マヌ法典』も完成した。

歴代君主
チャンドラグプタ1世(320年頃 - 330年頃)
サムドラグプタ(330年頃 - 380年頃)
チャンドラグプタ2世(380年頃 - 414年頃)
クマーラグプタ1世(414年頃 - 455年頃)
スカンダグプタ(455年頃 - 470年頃)

チャンドラグプタ1世(Chandragupta、生没年不詳、在位 320年 - 335年)は、古代インドのグプタ朝の創始者である。

パータリプトラのグプタ家の生まれ。クシャーナ朝の衰退後に、マガンダ国(マガダ国)のあった現在のビハール州で台頭。マガダの地はかつてマウリヤ朝を建てたチャンドラグプタが基盤とした土地でもあり、それを継ぐ者という意識を持っていたようである(ただし、チャンドラグプタとチャンドラグプタ1世の間に血縁などの関係は全くない)。また、バイシャリに依拠する一族で釈迦とも縁のある名家リッチャヴィー家から妃クマーラ・デーヴィーを娶り、地位を固める。ガンジス川中流域を征服し北インドを統一してパータリプトラを首都にグプタ朝を建国し、マハーラージャ・アディラージャ(諸王の中の大王)を称する。320年をグプタ紀元に制定し、以後北インドで暦として使用される。

その後、王朝は第2代の王・サムドラグプタ、そしてチャンドラグプタ2世へと受け継がれる。

チャンドラグプタ2世(Chandragupta II、生没年不詳、在位:376年 - 415年)は、古代インドのグプタ朝第3代の王。自らを「武勇の太陽」(Vikramaditya)と名乗り、東晋の僧である法顕の記した『仏国記』では超日王と呼ばれている。第2代の王サムドラグプタから王朝を受け継ぎ、その最盛期を築いた。

イラン系のサカ朝(西クシャトラパ)を下し、西はアラビア海、北はヒマラヤ山脈の麓に至る領域を支配。デカン高原のヴァカタカ朝やパンジャーブ諸国はグプタ朝に臣下の礼を取り、事実上インドの全域を支配下に治めて、その領域を最大のものとした。

また、グプタ朝の文化的全盛期は5世紀頃であり、チャンドラグプタ2世の統治下においてその端緒が開かれて次代のクマーラグプタ1世の時代にわたって繁栄した。チャンドラグプタ2世の時に宮廷に仕えた詩人で戯曲作家のカーリダーサがサンスクリット文学の傑作『シャクンタラー』を発表し、説話集『パンチャタントラ』が編纂されたのもおおよそこの時期であると考えられている。また、民間ではヒンドゥー教が隆盛する一方で、仏教もその研究においては盛んであった。またアジャンター石窟寺院が再び活動を始めたのもこの時期といわれる。


2009年01月23日

VS.シリーズ

VS.シリーズ(バーサス - )は、カプコンのキャラクターが、他社のキャラクター達と対戦する2D対戦型格闘ゲームの総称である。

関連事項として、カプコン以外のメーカーが作成した、類似のコンセプトのゲームも併せて記述する。

大きく分けて2つのシリーズが存在する。

マーベル・コミック社のキャラクターとカプコンキャラクターが戦うVS.マーヴルシリーズ。
SNK社のキャラクターとカプコンキャラクターが戦うVS. SNKシリーズ。
狭義のVS.シリーズとしては1.のみを指すこともあり、2.は区別のため「カプエスシリーズ」という通称も存在する。また、1.を流れを組む作品として、竜の子プロダクションのキャラクターとカプコンキャラクターが戦う作品も制作されている(VS. タツノコを参照)。

VS.マーヴル
ゲームタイトル内の“マーヴル”は、発売当時の"MARVEL"のカナ表記による。

『X-MEN Children of The Atom』や『MARVEL SUPER HEROES』の後継作に当たり、システム上の特徴として、高さ数画面分にも及ぶ「スーパージャンプ」や空中で独特な連続技を決める「エリアルレイヴ」(国外版では「AIR COMBO」、また『X-MEN Children of The Atom』ではブラックコンボと呼ばれていた)などを受け継いでいる。
ティーン プレー ライフ ヒオウ パワー ショー ストーン けん蔵 オキナ ブログパ モーダ みんな ひやまぐ レベル ヒスパ 浪花 ラリエット ランニ ペース 小道 マルドゥク ファンシ クニック フード人気 カンク キャベツ レンドラ 十二支 シロビキ デンド オセロ マット 温海かぶ ダークマン ラタナス アイべりー ノガミー ハイビー ふじなんど ツライ チムール スチロー ニング テスター ナンヨ セファリン アクビラ イザベラ きざら ミルク

発売
※プラットフォームはすべてアーケードゲーム。()内はタイトル毎の主なシステムや特徴

VS.マーヴルの原型となった作品
X-MEN Children of The Atom (豪鬼(『スーパーストリートファイターIIX』)がゲスト出演)
MARVEL SUPER HEROES (エリアルレイヴ、日本版のみアニタ(『ヴァンパイア ハンター』)がゲスト出演)
X-MEN VS. STREET FIGHTER (タイトルにVS.がついた初の作品、ヴァリアブルアタック、ヴァリアブルカウンター、ヴァリアブルコンビネーション)
マーヴル・スーパーヒーローズ VS. ストリートファイター (イージーモード、ヴァリアブルアシスト、日本版のみ憲磨呂(NTV『生ダラ』とのタイアップ、木梨憲太郎(木梨憲武)がデザイン)がゲスト出演)
MARVEL VS. CAPCOM CLASH OF SUPER HEROES (ヴァリアブルクロス、スペシャルパートナー)
MARVEL VS. CAPCOM 2 NEW AGE OF HEROES (それまでのCPS-2基板からNAOMI基板に移行、ドリームキャストとの連動、ディレイドハイパーコンボ)

移植、再版ほか
X-MEN VS. STREET FIGHTER EX EDITION(プレイステーション)
MARVEL SUPER HEROES VS. STREET FIGHTER EX EDITION(プレイステーション)
MARVEL VS. CAPCOM CLASH OF SUPER HEROES EX EDITION(プレイステーション)
これら「EX EDITION」3作品は、PSのメモリ性能の関係上、キャラクターの交代が基本的にできなくなっている代わりに、システムなどに細部のアレンジが施されている。
MARVEL VS. CAPCOM 2 -New Age of Heroes- モデムパック(プレイステーション2)

VS. SNK
CAPCOM VS. SNKを参照

VS. タツノコ
システムは主にVS.マーヴルシリーズのものを受け継いでいる。

タツノコ VS. CAPCOM CROSS GENERATION OF HEROESを参照

NAMCO x CAPCOM
ナムコが発売した、カプコンとナムコのキャラクターがクロスオーバーする作品。ジャンルはシミュレーションRPGであるが、コンセプトは上記作品と同様である。
SAMMY VS CAPCOM(仮)
2003年にが製作発表された作品。ギルティギアとカプコンサイドのキャラが共演を果たすということで話題になったが、2008年9月現在、製作状況などの報告はない。

2009年01月16日

御厨 さと美(みくりや さとみ、1948年5月20日 - )


マンモ チンク クンツ きうい ゆうばり イタリティ スペーサー パーラー デモリ スカス タブレット リターン シーシー レーター ロマンス ゲストハ トレー ハンガリー シャツト スペシャル ゼロ クランド オービ ミオーダー ヒュウ ドロー ディガン ほわい レッド ニュー キュラー つきだて 大化の改新 きくもん ブマリン トルコ サーキッ ローカル フォア ケヤキ フェイス ビッグ トリロジー キット 森の小人 レジン パンタロン リクル ストーリ デージ
御厨 さと美(みくりや さとみ、1948年5月20日 - )は、長崎県諫早市出身の男性漫画家。本名、御厨哲美(読みは同じ)。早稲田大学第一文学部中退。

フリーエディターを経て漫画家になる。1970年、「黒いつるぎ」でデビュー。代表作は、『裂けた旅券(パスポート)』シリーズ、『ノーラ』シリーズ。

写実力のある絵、骨太のストーリー、『裂けた旅券』シリーズの途中で脇役として登場後、主演女優に育ったマレッタ、『ノーラ』シリーズのノーラ等女性の可愛らしさ美しさ等が特徴。SF作品では、おちゃらけた作品を除きダークなストーリーが多い。 飛行機マニアであり、航空機をはじめとするメカニックの描写も得意とする。

1970年代前半には小学館の学習雑誌『小学六年生』の「ハロー6」のスタッフだったこともあり、「みく・さとみ」(愛称=みくちゃん)の名前でデフォルメした自画像で登場していた。

アニメ映画『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』(1980)のメカニカル・デザインとコミック化(朝日ソノラマ)を担当。1989年のアニメ映画『ギャラガ』の脚本、またアニメ版『ゴルゴ13』の一部分に先進的に取り入れられた3DCG部分のディレクターも勤めた。

一時執筆活動から離れていた(書痙により漫画原稿が描けなくなったと云われている)が、1997年『ルサルカは還らない』で漫画家としての活動を再開。

1948年、5月20日長崎県諫早市に生まれる。
1970年、「黒いつるぎ」によりデビュー。
1977年、ミックマックプロダクション設立。
1990年、漫画を中断してCD-I開発会社株式会社クイリー設立。
1997年、『ルサルカは還らない』で漫画家復活。
2001年、日本工学院八王子専門学校講師に就任。
2005年、東海大学講師に就任。

作品リスト
サンダーバーズ (1978、アクションコミックス 、双葉社)
ウェポンX(1976、パワァコミック、双葉社、単行本:ノーラの箱船、1979、奇想天外コミックス、奇想天外社)
ノーラの箱船(1977、ビッグコミックオリジナル、小学館 、単行本:ノーラの箱船、1979、奇想天外コミックス)
デコンポーザー(1977、コミック・ギャング、双葉社、単行本:ノーラの箱船、1979、奇想天外コミックス)
ファンタジア・カフェ・ノワール(1978、漫画アクション増刊、双葉社、単行本:ノーラの箱船、1979、奇想天外コミックス)
俺の翼(1979、芳文社コミックス、芳文社)
爆砕空路(1979、芳文社)
闇の伝説 (1980、サンコミックス、朝日ソノラマ)
シンデレラボーイズ(1980、サンコミックス)
NORA-硫化海流-(月刊マンガ少年、単行本:NORA、1981、サンコミックス)
ノーラの流れ星(1978、漫画アクション、双葉社、単行本:NORA、1981、サンコミックス)
ケンタウロスの伝説(週刊プレイボーイ、集英社、単行本:ケンタウロスの伝説、1981、プレイボーイコミ ックス、集英社)(原作:オサム(大竹オサム))
黄金結社(漫画アクション、単行本:黄金結社、1981、アクションコミックス 、双葉社)
裂けた旅券(パスポート)(1981、小学館、単行本:裂けた旅券、1981、ビッグコミックス、小学館)
1)雷鳴急行
2)マレッタ・コネクション
3)炎のようなキスを
4)おゝパリ
5)私の“じゃぽん”
6)マルメロの実焼いて
7)セルリアンブルー
イカロスの娘(ビッグコミックスピリッツ、小学館、単行本:イカロスの娘、1982、ビッグコミックス、小学館)
サンドランダー(1983、朝日ソノラマ)
トゥインクル・ノーラ (1984、笠倉出版社)
ビーパルじいさんのアウトドア教本 (1984、Be-pal、小学館、単行本:ビーパルじいさんのアウトドア教本 、1984、小学館)
惑星ギャラガ(1984、アクションコミックス 、双葉社)
Z-ゼータ-(1989、大都社)
なんぼやねん(MANGAオールマン、集英社、単行本:1990、SCオールマン、集英社)
ルサルカは還らない(MANGAオールマン、単行本:1996、SCオールマン、集英社)